センガ Senga

インドネシアのスラウェシに生まれる、1945年15歳に2ヶ月間動員

特に病気にはなりませんでしたが、

がかゆく、時々血が出ました。

医師がおらず、

治療は全く受けられませんでした。

id2_30_Senga_027

両親は農業を営んでいました。兄と私と弟の三人きょうだいで、私たちは幸せに暮らしていました。

十五歳の頃日本軍がやってきて、両親に「娘を呼んでくれ」と言いました。五人の軍人が来ていましたが、何を話しているのかは理解できませんでした。

無理やり連行され、どこへ行くのかわからず、恐怖を覚えました。

ジャングルの中に連行され、バラック(竹で造った家。インドネシアでは慰安所を指すこともある)に閉じ込められました。

一日に二人の軍人が来ました。犯されているときは頭の中が真っ白でした。魂が抜けてしまうようで、何も思い出せないほどです。

誰と行為をしたのか、一日に何人としたのか、数えもしませんでした。特に病気にはなりませんでしたが、性器がかゆく、時々血が出ました。医師がおらず、治療は全く受けられませんでした。

id2_30_Senga_029
id2_30_Senga_028

バラックには私以外にも四人の女性がいて、日本軍が統制・監視していました。

二か月間コンドームをつけずに強姦されましたが、幸いなことに妊娠はしませんでした。日本が負けて去るとき、給与や物資などはもらえませんでした。

家に帰ると、父に「何があったのか」と聞かれました。私は「軍人に食事を作っていた」と言いました。結婚後、夫にも「料理をしていた」と話しました。

* 家に帰ると、父に「何があったのか」と聞かれました。私は「軍人に食事を作っていた」と言いました。結婚後、夫にも「料理をしていた」と話しました。